気づいたときには、俺は佐野さんに水を掛けた後だった。怒りがふつふつと沸き上がってくるのが自分でもわかった。
「…ふざけるな、何がお手上げだ…。あいつが会社を辞めたのは、仕事がまともに出来ないくらい精神的に追いつめられていたからだろう!!あんたに対する態度が変わったのだって、そもそもはあんたの暴力が原因だろう!!家を出たのだって、あんたから逃げる為に決まってるじゃないか!!」
言い終わったときには、はぁ、はぁ、と息を切らしていた。店の中は俺の行動と言動で静けさに包まれ、他の客達は珍しいものを見るように俺達に注目していた。
俺がテーブルに手をついて立ち上がると同時に、佐野さんが俺の手首を掴んできた。「1つ聞きたい…」と顔を伏せたまま言った。
「君がここで会おうと言ったのも、別れ話をしたのも彼女に頼まれたことのか?それとも――」
俺は佐野さんが言い終わる前に「違います」と答えた。
「奈々は何も言ってない…、これは俺が勝手にしたことです…。俺は自分の意思で、奈々を守りたいと思ったからあなたと直接話がしたかった…」
佐野さんはそれを聞いて「そうか…」と呟くだけだった。俺は席から離れるとたぶん、俺達が注文したコーヒーを持ったウェイトレスに謝罪の言葉を述べて店を後にした。

