神隠しにこれからあうのではないかと思えるくらい怪しげな気配があるのに、僕はとても普通に言葉を返した。


その気配が、春の夜の風が運ぶまやかしだとすぐに分かったからだ。


この世に、いや、僕の前にあやかしなど現れてはいない。


冷たい風と月の光が惑わせただけだ。



「あんたこそ何言ってんねん。こんな見事なお月さんが出てる夜に、人の足から影が伸びんわけないやんか」
 

そう言われて、よく足元を見るとたしかにうっすらとした影が伸びていた。


「ホンマやな」
 

僕は関心していた。


影は太陽の下でだけ映し出されるものだと思っていた。


いや、美しく映し出されているのは太陽の光を浴びた部分で、影は僕の体に遮られた悲しい光の残骸なのだけれど。