お父さんは沸かしたお湯で、
お茶を入れてくれた。
そして私の前に湯呑みを置いて、向き合うように座った。
「うれしくてね。
借金作ってまでして、お母さんにピアノを買ってあげたんだ。
それが、うちにあるピアノだよ。
お母さんはやっぱりお嬢様だから、
なかなか外で働く事が難しかった。
だから、近所の子供数人にピアノを教えて、
小遣いを稼いでいた。
でも…いくらにもならないし、
生活は苦しいし……
お母さんには耐えられなかったんだろう。
猛反対を押し切って結婚したんだ。
だから、お母さんのご両親に、申し訳なくてね。
あの頃は若かった。
【愛があればなんでも乗り越えられる】
そんな言葉を本気で信じていた。
でもね、香澄。
それは、違う。
育ってきた環境が違う人と一緒になることは、
並大抵のことではない。
愛があっても、どうしようもないこともあるんだ。
お母さんは自殺したんだ。
香澄、
お前も生活環境の違う男と一緒になったら、
苦労するに決まっている。
相手も不幸にする。
その周りも不幸になる。
お父さんの言っていること、
わかるね」



