牧場長は茜に振り返ることもせず、飼育室から出て行ってしまった。
ただ呆然と見送ることしか出来ない茜とは裏腹に、さくらが満面の笑みで茜に言うのだ。
(さくら)「見て見てあかねぇ‼ この子全部ミルク飲んだよ‼」
その無邪気に笑う表情を見る茜は、素直に喜ぶことが出来ずにいた。
その訳は、「もう一つの理由」である。
その子ヤギは、農業学で育成を学ぶ生徒達の大切な動物であるが、同時に「出荷」を学ぶための動物なのである。
つまり、食肉用として出荷される子ヤギなのだ。
農業とはそういうものだが、素人のさくらにそれが理解出来るだろうか…
結局、茜はその事実を言えず、苦笑いでやり過ごすことしか出来なかった。
この茜の優しさが、とある事件を引き起こすことになるのだが…それはまたその時の話とする。
そんなこんなで、ミルクをやり終えたさくらは着替えに事務所へ、
茜は他の仕事へ、
秋花は事務所前で暇をもて余していた。
どうにも暇な秋花は、事務所前の小石を掴んで投げ、砂利に落ちて奇妙にバウンドする様を楽しんでいると、牧場の入口から人の足音が聞こえてきた。
こんな時間に来客者なんて珍しいと、秋花は入口の方を気にして見ていると、そこから現れたのは秋花の見知った人物だった。
(秋花)「あっ‼ 勇次お兄ちゃんだ‼」
前の話でも話したが、牧場長こと飯島和哉と田村家は家族ぐるみで仲が良い、
そのため、秋花と勇次も兄妹関係のような間柄なのだ。
かくして、兄こと勇次との久しぶりの再会に、秋花はすぐさま勇次の元へと駆け寄る。
(勇次)「よう秋花、久しぶりだな、少し大きくなったか?」
駆け寄る秋花を笑顔で受け入れる勇次だったが…
(秋花)「うん‼ ブッ殺すよお兄ちゃん‼」
笑顔に答える秋花の言葉で、その笑顔が苦笑いへと変わった。
純粋無垢である秋花が、どこでそのような言葉を覚えたのか、
ついに元暴走族の父である遺伝子の開花か、
というか、笑顔でそんな言葉を言わないで欲しい、逆に恐いから、
とにかく、自分の知っている秋花がこのままではいけないと、勇次は誰にそんな言葉を教わったか問いただすと、
