さくらが手の届く距離まで近付くと、子ヤギは逃げようとはせずその場でブルブルと体を震わせていた。
(茜)「さくらちゃん‼ あんまり近付いちゃ…」
言葉を止めるように、さくらの手の平だけが素早く茜に向けられる、
そして、その手はゆっくりと子ヤギの方へと向かい、頬を撫でるのだった。
(茜)「……」
さくらは声を出さず、優しい表情でしばらく癒していると、子ヤギの震えは少しずつ弱まって行き、
最後にはよほど心地よいのか、目を閉じてさくらに身を預けているようだった。
(茜)「うそ…」
今まで人間を怖がっていたあの子ヤギが、さくらに心を許す光景を見て茜が驚きを隠せないでいると、
偶然通りかかった牧場長が、窓越しからその様子を伺っていた。
(牧場長)「ほう…こりゃ驚いた」
そして、何かを思いついたのか、アゴに手をあて、
「ふむ…」と自分の仕事場に向かって行くのだった。
時間は過ぎ、「夕やけこやけ」が町内放送で流れる時間となった。
さくら達は仕事を終え、飼育室で茜から渡された今朝がたの牛乳を片手に談笑していた。
(茜)「さくらちゃん凄いよ、あの子ヤギが人間になつくなんて」
(秋花)「私、さくらお姉ちゃんのこと尊敬しちゃった」
(さくら)「そう? まあ慈愛に満ちた私の心が子ヤギの心を開かせたってやつ?」
秋花も茜もさくらをおだてるので、さくらは気を良くして鼻高く得意気に話していると、飼育室の扉が開き、牧場長が入ってきた。
(茜)「あ、牧場長お疲れさまです」
(牧場長)「おう、お疲れさん」
挨拶のあと牧場長は子ヤギの様子を見た、子ヤギは未だに部屋の隅で体を小さくしている。
その様子を見て牧場長は茜に言う、
(牧場長)「茜、子ヤギのミルク持って来い」
(茜)「え? は、はい」
