いギヤでスピードを出したいと思っているのだろう。僕の作戦は的中した。ギヤを軽くしてペダルの回転数を取った僕の方にスピードがある。隼人は今頃になって、リアギヤを一番軽くした。スピードの差は歴然だ。50、40、30、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1メートル。隼人の背中は目の前だ。ゴールまで100メートルもない。
 (ここが勝負の時だ)
 ダンシングをして一気にスピードアップを図った。隼人の横に並び抜かしていく。隼人もダンシングをして追いかけてくる。あと50メートル。足が疲れてきた。もう足を道路に付きたい。そんな弱気な心が僕を襲う。
 (あと1メートル頑張れ。1メートル過ぎれば、更に1メートル頑張れ)
 自分で自分を励ました。後ろを振り向く。隼人も歯を食いしばっているのが見える。
 「一人だって平気だ! 横浜へ行っちゃえ!」
 怒鳴った。スーッと自転車が進む。手の届きそうな位置に琴ちゃんがいる。もうゴールだ。もう1漕ぎだ。ガクン、ペダルから足が外れた。バランスが崩れる。フラフラとして、目に見えるものが全て横になる。右ひじと右ひざに激痛が走る。
 倒れたまま「ハァハァ」と大きく息をしている。
 「おめでとう」
 隼人が手を伸ばした。僕は「ありがとう」と、隼人の手を握った。
 「大丈夫だった?」
 琴ちゃんが反対の手を握った。
 「ヤッタな」
 両脇を抱えて風太が身体を起こしてくれた。
 「初日なのに自転車傷つけちゃった」
 「またここで勝負しようぜ。今度は負けないから」
 「オレだって。今度はぶっちぎりだ」
 「勝つのは何度やっても、僕です」
 僕は笑った。風太も隼人も笑った。琴ちゃんも笑っている。
 いつだっただろうか? こんな時間が永遠に続けばと思ったことがあった。でも、時間は止まらない。あの時のままでなくて良かったのだ。あのまま時間が止まっていたら、今の喜びはないのだから。