「だから、ちゃんと聞いてますって」
講堂の後ろの席、まだ教科書だって出したままで、僕はケータイに向かって言った。

講義中からなんどもケータイが振動してて。
終わってすぐにかけ直したら、第一声が

「どこいってんの締め切り明日なのよまだ下書きだって言うから様子見に来たのにどこほっつき歩いてんのさっさと帰ってきなさい聞いてるのこら」

息継ぎなしで、ご苦労様です。

「あの、僕もまだ学生なんで、授業が…」

肩でケータイを挟んで、カバンの中に教科書を入れる。
さっきまでの授業は、健康科学。
大講堂で行われるそれはただ話を聞くだけの単純な授業で、考え事をするにはもってこいだ。
現に今だって、ノート代わりのルーズリーフには何通りかのラフ画が書かれている。

「こっちは仕事なの。早く帰ってきてやってもらわないと、穴開けちゃいましたごめんなさいじゃ済まないんだから」

焦った声に叱られる。
そういえば、怒られるのなんて久しぶりかもしれない。

「今授業終わったんで、これから帰りますよ。あ、でもちょっと図書館で資料借りて…」

「あーもー、迎えに行くから図書館で待ってなさい!」

そこでぷつん、と電話が途切れる。
相当焦ってるなぁ、タチバナさん。



電話の相手、立花さんは、僕の担当者である。
何の担当かといえば、生命保険ではない。

学生は勉強が仕事っていうけれど、僕にとってはもうひとつ仕事がある。

それが、絵を描くこと。
雑誌やら小説やらの挿絵、ときには表紙やポスターなんかも。

つまりはイラストレーターって、やつなのであります。