彼女が戻ってきたのはちょっと時間が経ってからで、
帰ってきたとき、
その腕には紙の束が抱えられていた。

「ごめんなさい、遅くなって」

抱えきれませんでしたって感じで束をカウンターに下ろす…というか、落とす。
割と重たい音がして、呼んでくれれば手伝うのにって僕は思う。
口に出せないのが、
ちょっと意気地無いなぁとも思うけど。

「なにそれ?」

僕が聞くと、彼女は袖を捲り上げているところだった。
気合い入れるぞって、かなりわかりやすい。

「館長がね、ここ2年の貸出ランキング十位表を作って欲しいんだって。月別にファイリングしたいらしいんだ、毎月」

となると、これは2年分の貸出記録ってわけである。
その量を見て、暇に見えるけど一応ここって使われてるんだなぁなんて感心してしまった。

「一人でやるの?」

それはあまりに無謀じゃないですか?

「だって、私、時間あるし」

一枚目とにらめっこする彼女。むー…って唸るみたいに呟いてる。

「手伝いますよ?」

今度は言ってみたら、彼女はこっちを向いてくれた。
でも、すぐにっこり微笑まれて首を振られる。

「大丈夫。急ぎではないし、私、時間だけはたっぷりあるから」

でも、と言いかけた僕を遮るように。

「ほら、午後の授業始まっちゃうよ」

時計は1時五分前。
急がないと、3限に遅刻だ。

「がんばってね、学生さん」

慌ててかばんを掴む僕に、彼女が言う。

「いってらっしゃい」


普通に言われた言葉なのに。
ただの挨拶でしかないのに。


「…いって、きます」

多分彼女が笑うせいなのです。


こんなに、


穏やかな幸せを感じるのは。