「姉ちゃん、台風が来るんやって」


女学校から家に帰ってくるなり、今年で8歳になる一番下の妹が、私に走り寄って来た。


「台風?」

「そう。ラジオでな、ずうっと言うとるんよ」


かばんを下ろす暇もくれずに、妹はわたしをちゃぶ台まで引っ張って行った。
黒々としたラジオがのるちゃぶ台の前に、父が座って新聞を読んでいた。
ただ今、お父さん、と言うと、父はくぐもった声で返事をした。


「ほら」


妹は極限までアンテナを伸ばしたラジオを私の方に向ける。

ラジオは確かに、島に上陸した台風のことについて告げていた。穏やかな気候の多いこの島には珍しく、とても大型のもののようだった。タイミングを見計らったように、風の吹きつける窓ががたがたと音を立てる。


「本当やあ。天気も悪いし、風も強いなあとは思てたけど」

「うち、潰れないかなあ?」


真ん中の妹もラジオの傍に寄って来て、不安げに言葉を発する。


「大丈夫。うちは頼りないぐらいぐらぐらやけど、今までも台風は乗り越えて来てんから。潰れたりなんか、せえへんよ」


母が、夕飯のおかずをのせたお盆を運びながら言う。
母はいつだって楽観的だ。何度も乗り越えて、だから今度こそ崩壊の危機なんじゃないのなあなんて思うけれど、母の太陽みたいなにこにこ顔を見ていると、やっぱり大丈夫なような気もしてくる。

ねえお父さん、と父は母に同意を求められ、またくぐもった声を出す。それから新聞を置いて今度はちゃんと「大丈夫や。台風なんぞに、倒れるような、家やない」と途切れ途切れに言う。
そして妹たちは無条件に安心する。私も、6割5分ぐらいは安心する。


「鞄、置いてきい」と言われ、私は2階の自分の部屋へぱたぱたと駆けて行く。
夏でも厚手の生地の制服を脱いで、部屋に吊るす。出窓を開けて部屋の空気を交換してから、夕飯のため、醤油の匂いが漂ってくる階下へと向かった。