だけど彼はわたしが何か言うのを待っているようだった。
なので、思ったそのままを、言ってしまえと決断する。


「わたしも」


いつだって本当のことをいう時、心臓は高鳴る。


「ティートに会えて、嬉しい……」

「よかった」


彼は笑顔で応じてくれた。

言った甲斐があったと、思えるような笑顔。


「それを聞いて僕も嬉しいけれど、もう行かなくては」

「なんで?」

「陽が昇ってくる。人間の営みが始まってしまう。他の人間に見つかるわけにはいかないから」

「……また、会えへん……?」


言って、すぐにしまったと思った。
どうしてこんなことを。もし彼が人間に見つかってしまえばどんなことになるのかは、まだ未熟で浅はかなわたしの頭でも、考えつきうる程の事なのに。


「ごめんなさい。無茶を……」

「シズがそう言うのなら、ぜひ」


僕もそう思っていたところだ、とティートは言った。


「人間との会話がこんなに楽しいものになるとは思わなかった。またシズと話がしたい。明日の同じ時間に、来てくれる?」

「わかった。同じ場所で」

「うん。それじゃあ」


ティートは両手と魚の下半身で器用に浅瀬を進んで行った。
腹より上に海面がくるあたりまで行くと、振り返ってわたしに手を振る。


「また、明日……」


小さく呟いて手を振り返すと、彼はざぶりと潜って、その影は瞬く間に遠ざかって行った。
鮮やかでうつくしい生き物は、わたしのまだ知らない世界へ帰って行った。


それが、彼とわたしの、生涯忘れられない日々の始まりだった。