声の主は田宮家の次男、十四歳になる祐介だった。
 ある夜、目を覚ましトイレに行こうと廊下に出ると、奥の部屋から微かな泣き声が聞こえる。
 こっそりとドアを開け覗いてみると、ベッドの上で眠っている千春が苦しそうにもがいていた。目からは涙が溢れている。
 よほど怖い夢を見ているのだろう。
 思わず中に入った祐介は、縋るように浮き上がったその手を握り、声を掛けた。
「大丈夫だ、千春。何も恐くないよ。僕がついていてあげる。だから安心しておやすみ。千春。」
 田宮家には祐介の他に十六歳の長男、正樹と十二歳の長女、涼子がいた。
 正樹は社交的で友達も多く、いつも大勢の友達に囲まれていた。俗に言う長男の甚六をそのまま地で行く性格で、高校生活を気楽に楽しんでいた。
 涼子は少々気が強く、負けず嫌いで、明るく活発。頑張り屋で頭も良かった。
 二人に比べて祐介は静かで目立たない少年だったが、口数が少ない反面、優しさと強い正義感を持ち合わせていた。
 三人は両親と数人の使用人に囲まれ、何不自由なく、ゆったりと育てられていた。
 そこへある日突然、千春がやって来たのである。
 仲良くするように両親から言われたものの、ずっと俯いたままでおどおどしている華奢な女の子をどう扱ったら良いものか、全く見当がつかなかった。
 ちょっとしたきっかけで今にも泣き出しそうで怖かった。
 気にはなるものの、厄介なことになって父から雷を落とされでもしたら大変である。当たらず触らず、下手に関わることのないようにしていた。
 そして結局、そのままひと月が経ってしまっていた。