「おはよう。珍しいな、寝坊か?」


着替えてから、二階にある洗面所に行くと、鏡を見ながらネクタイと闘っている兄に茶化された。

「まだ寝坊ってほど遅くないもん。お兄ちゃんこそ遅いんじゃない?」

わたしは手を伸ばして、兄のネクタイを綺麗に整えてあげた。

「おっ、サンキュ!」

10歳離れたこの兄、月島戒(かい)は、実の兄ではない。

この家で血が繋がっているのは父だけで、兄は父の再婚相手である、さっきわたしを起こしてくれた母の連れ子。

でも、そんなことは何の問題にもならない。

わたし達は、仲の良い家族だ。


「僕は今日はゆっくり出勤できるんだよ。…聖羅、顔色が良くないぞ。風邪でもひいたか?」

兄は、敏感にわたしの顔色を察知して、心配そうにわたしの額に手を当てた。

その瞬間、昨日ディガルに触れられた記憶が甦り、慌てて首を振って打ち消す。

「聖羅?」

「大丈夫!ちょっと寝不足なだけだよ。夜更かしし過ぎたみたい」

わたしは笑ってごまかした。

ディガルのことは話せない。

話せば、兄の命が危険に晒されるかもしれない。

もっとも、話したところで、信じてもらえるとは思えないけれど。