身体を起こすと独特な香りが鼻を刺激する。
広い病室にただ一人。
昨日のことを思い出しては、忘れる。
卑怯だ、と自分を責めても
もう隣に慧の姿はない。
風が吹く度ピラピラ音を立てる何か。
窓に手をやると紙が貼られていた。
採血に来た看護士さんに読んでもらった。
名前はないみたい。事細かく聞く私に優しく教えてくれる。
癖のない字、文末の"、"の記号。
―連絡して、―
…名前がなくても分かる。
癖のない字。きっと誰も分かりやしない。
でも私には分かる。
ゆっくり指を動かし、紙を触ってみる。
涙の跡らしきシワ。手帳を不器用に破った紙。
とドアが開いた。


