幕末純想恋歌

「ねぇ、この簪、芹沢さんでしょ…?」


沖田は葵の髪にある簪に軽く触れながら問うた。


「…はい、お土産にって、」


「…僕さ、前に芹沢さんはすごいって言ったことあるよね。

あれは、本気で言ってた。

あぁ、勿論今もすごいと思っているよ。

ますます強く、ね」


ポツリ、ポツリと沖田は話し続ける。


「普段からあの人の振る舞いにはさ、武士の威厳というか、誇りというか、そんなものが溢れている気がするんだよね。

あ、素面のときね。」


沖田の腕に力が込められたのを感じた。


「大坂での件でさ、僕も、いろいろ考えたんだよ。

確かにあの人はムチャクチャなところもあるけれど、そのムチャクチャのなかにも、一本、あの人なりの筋が通ってて。

譲れないものがきちんとあって。


……僕って、なんだろう……。」


「………」


沖田の声は少し掠れ出していて、


「僕は、下級で貧乏だけれど、曲がっても武士の子供なのに……何もないんだよ。

思想も、武士の誇りも、何もないんだ…。

この浪士組に参加したのも、近藤さんや土方さんが参加するって言ったから。

彼の二人は武士になりたいって、強い思いがあって、

…僕は付いてきただけ。

ちょっとでも、近藤さんの役に立てるかなって…」



「……それの何が悪いんですか…?」


「え…、」



それまで黙って聞くだけだった葵がゆっくりと言葉を発する。


「…わたしのいた時代には武士は居なかったし、武士のなんたるかもよくわかりません。

でも、沖田さんの話を聞いていて思いました。

何が悪いんですか、沖田さんの、どこが。

自分の譲れないもの、本当に大切なものを見付けるのはとっても難しいことだと思います。

いいじゃないですか、まだ見つかってなくても。

若いんです、あなたは、まだ。

これから見つけたらいいんです。

そのために、京に来たのかもしれません。

それに…、近藤さんの役に立ちたいのも立派な目的だと思いますよ」


「……っふ」


「あ、やだ、偉そうなこと…、ごめんなさっ、……沖田さん……?」


「…ふ、それでいいのかな…、そうなのかな…」


葵の肩口に目を押しあて呟く。


「…、そっか、そうかな…、…ありがと、葵ちゃん…」





触れている肩口が、少し、冷たく感じた。

けど、背中は、



とっても温かかった。