幕末純想恋歌


「どうして、こんなことを…?」


芹沢に言われた通りに茶を持ってきて葵は尋ねた。


「こんなこととはどんなことだ?大坂のことか?それとも今のことか?」


尋ねられた芹沢は葵の目を見て問い返す。


「どちらもです」


「ふぅ…、」


芹沢は茶を飲み一呼吸置いて話し出す。


「まず大坂のことだ。はじめはあの力士達と往来でぶつかっただけだった。そこで詫びればそれでよしとするつもりだった。それだけで斬るほどわしも気が短いわけでないしな。もしそうなら、わしは今頃ただの人切りだ。だがな、奴等は詫びもしなかった。」


「だから乱闘に?」


「いやいや、それだけなら説教でもしてしまいだ。あやつらは、わしらに文句を言ってきおったのだ。前を見て歩け、これだから武士は役立たずばかりだとな。」


「……!」


「さすがにこれは許しておけん。わしはあやつを扇で殴り、投げ飛ばしてやったわ。で、怒鳴り付けた。武士を侮辱することを二度とするでない、とな。そしてそのままその場を立ち去った。そこで終いだと思ったのだが…、」


「なぜ乱闘に…?」


「その日の晩だ。どこから聞きつけたのか、奴等は仲間を引き連れ、わしらの宿に押し掛けてきた。各々武器を持ってな。その後は、聞いている通りだ」


話終えた芹沢は茶を飲み、一息ついた。


「…今の世は乱れておる。あちこちで人切りがあり、治安も悪い。だからこそ、武士というものを見せる必要がある。武士とはこのようなものだ。威厳あるものだとな。町人とは違う。百姓とも違う。これが武士だというものを取り返せねばならんのに。町人を守り、そして、敬われる存在。世を守る強きもの。武器を手に取る意味、覚悟、武士の誇りを汚すものは許さん。だから斬った」


「それを土方さんにもおっしゃれば!!」


「今のあいつにはいったところで伝わらん。本来武士でないものにはな。だからこそ、自分で考えさせる。武士とは何なのかを。あいつは今、武士になろうともがいている。きっと答えを見つけるはずだ。その時、あいつは『誠』の武士となるだろう」



誠の武士。


あの人達が目指すもの。


そのために必要なことと気付くだろうか。


分かりにくいこの人の想いを。


気付いてほしい、気付いてください。



「この話は止めだ。葵土産だ、来い」


いつもの芹沢さん。


手渡されたのはひとつの簪。

一目で良いものと分かる、趣味の良いもの。


「付けてやる」


わたしの手から再び離れ、髪につけられる。


「似合うぞ。ますます美人だ」


ニコリと笑い髪を撫でてくれる。



とてもとても優しくて暖かい人。


「ありがとうございます!とっても、とっても気に入りました!」


思わず抱き付いてお礼をいう。


「おぅ、どうした、ずいぶん甘えただな?さては寂しかったのか?」


悪戯っぽく笑って抱き締め返し、髪を撫でてくれる。

「そうです。寂しかったんです!!悪いですか!?」


「いや?可愛い娘に抱き付かれて嬉しくない父などおらんよ」




あぁ、暖かいなぁ。


本当に優しい人。


この優しさは、皆に伝わるのだろうか。


その事ばかりを祈る。