「おい、ここに誰かいるのか!」

井戸の縁を掴み、底に向かって声をかける。

その声に、梨紅も気づいた。

この声には聞き覚えがある。

フェリーターミナルまで一緒に行動していた、あの乗客達の一人…サラリーマン風のあの青年の声だ。

「くっ…何であんたがっ…うぐっ…ここにいるのよっ…?」

その素直じゃない口調に、秀一もまた相手が梨紅である事に気づく。

「おまっ…何やってんだそんなとこでっ!」

何故梨紅が井戸の底に転落しているのか。

理由はとりあえず後だ。

「ちょっと待ってろ、何かロープみたいなものはないか…?」

慌てて周囲を探す秀一に。

「やめてっ!」

井戸の底から梨紅は叫んだ。