ようやく彼の口から出たあたしの名前。
彼に「雨衣」って呼ばれる度に、胸が高鳴るのに、今日はびくりと肩を震わせた。
「雨衣」
もう一度名前を呼ばれて彼の瞳に焦点を合わせる。
周りは、恋人達のざわつく声でいっぱい。
他人の笑い声があたしの耳にまで届く。
それが、うるさくてしょうがない。
世界が、あたしと彼だけだったらよかったのに。
そしたら、この雑踏も気にならないし、彼がこんな表情をすることもない。
………だけど。
世界はたくさんの人間で溢れている。
たくさんの、男と女で。
そして恐れていた瞬間は、呆気なくきた。
