「この信号がガンなのよね。これで一分は違うんだもの」



横断歩道の手前で、すばるの手をつないで立っていた奈央は地団駄を踏んだ。



すばるは黙って彼女の手を握っている。



歩行者の信号が青に変わった。奈央はすばるをひきずるように走って、一気に横断歩道を渡った。



「よしっ、あとは土手を直線二百メートル全力疾走だっ」



奈央はすばるに「行くよ!」と声をかけた。



駆け出したのは奈央だけだった。静止していたすばるの手は、ぐいと彼女を引っ張った。



「な、なによ、すばる!」



奈央は大げさによろめいて言った。



すばるは黙ったまま、土手の下を指差していた。



「え?だれ」



奈央は少しイライラしながらも努めて優しく聞いた。



すばるの人差し指は、しゃがんで地面を見ている男に向いていた。