「え、でも……て言うか、なんで知ってるんですか?」

「俺を誰だと思ってるんだ? 黙ってついてこい」

「……」


勝ち誇ったようなハルに、言われるがまま黙ってしまう。

ム、としていると、いきなりその顔を寄せてきた。
瞬間あたしを包む、甘い香水の香り。

突然の至近距離に反応できずに固まっていると、ハルの手が頬に伸びてきた。




え…………?




覗き込むように見つめられて、息が止まりそうになる。

無条件に頬がアツくなる。


「……あ、あの……」

「……腫れてるな。泣いたのか?」

「っ!……」



ギョッとして息を呑む。

そんなあたしを見て、少しだけ目を細めたハル。
彼の長くてきれいな親指が、まるで雪にでも触れるように優しく優しく瞼をなぞる。



……トクン

トクン……トクン、トクン



この距離、覚えがある。

いつか、ハルにキスされた時だ。


もしかして、またキスされるの!?
なぜか体は魔法にかかったみたいに、自由がきかなくて。
あたしはただ、ハルの青空みたいな澄んだ瞳を見つめていた。


俄かに近づく距離。

ゆっくり、ゆっくり。


瞼に触れていた手が、そっと頬を撫でて首筋から長い髪をすいた。


その間もハルの視線はあたしを捕えたままで……。
甘い果実のような唇が、小さく動いて真っ白な歯が覗く。


でもすぐに、眉間にグッとシワを寄せたかと思うと、呆気なくその手を離した。


え……なに?


トサッと車のシートにもたれかかり、気怠そうに窓の外に視線を移すハル。



「……、ムカつくな」


すっかりあたしを見なくなったハルが、まるで独り言みたいに何か呟いた。


そんな気がした。