溺愛プリンス



いきなり名前を呼ばれ、ビクリと立ち止まる。
見ると、王子は睨みをきかせたまま低い声で唸った。



「ここにあるもの、すべてくれ」

「……」




え?



たぶんここにいる全員がキョトンと首を傾げたに違いない。

そんなあたし達に、王子はイライラした様子で口を開いた。




「聞こえなかったか? ひとつ残らず買うと言ってるんだ。早くしろ」







…………。


そして。

本当にショーケースの中はもちろん、お饅頭の一つも残らずハロルド王子に買い占められてしまった。




「あ、ありがとうございます……」


いまだに信じられない様子で茫然とする篤さん。
あたし達は、執事のショーンさんたちの手によって次々に運び出される和菓子たちを黙って見守っていた。






「じゃあな志穂。“バイト”、頑張れよ」

「……あ、あの!」



そう言って、何食わぬ顔で顔してリムジンに乗り込もうとする王子を、慌てて追いかけた。




あたしの声を聞いて、ゆっくりと振り返る王子。
初夏の日差しを受けた、真っ黒な髪が風にのってフワリと揺れる。

そして、まつ毛にかかる前髪の奥の瑠璃色の瞳があたしを捕えた。




「……」


「どうした」



言葉に詰まっていると、王子が優しく目を細めた。