翼に甘くキスをして

無事に教科書を見せてもらえた私は、初めての授業を受けた。

大きな黒板、遠くの先生、チョークの響く音に、真面目に授業を受けるみんな。

ちょっとだけ、お菓子を食べてるヒトや携帯をいじっているヒトも居て、それを見ながらハラハラしてた。


教科書はほぼ私の目の前にあった。隣のこのヒトは、授業が始まると同時に寝ちゃったから。



「あ、あの‥」



終業のチャイムが鳴り、先生が終わりを告げた時。私はこのヒトに話しかけた。だって‥



「お手洗いは‥どこですか?」



すると、パチっと開いた目が、また不機嫌そうに私を見る。



「あ‥やっぱり良いデス」



まだ眠たいのかなと思った私は、他のヒトに聞いてみようと席を立った。

すると突然、くぁっとあくびをしながら伸びた身体。私の肩がビクッと揺れた。



「こっち」



あ‥教えてくれるんだ。

のっそりと立ち上がったこのヒトは、片手をポッケに入れながら髪の毛をいじる。

私はその背中をついていった。



「ここ」



辿り着くまでに、いくつかの教室を通ったんだけど。その教室のヒトも、すれ違う廊下のヒトも、みんなこのヒトを見ていた気がしたんだ。



「あ‥ありがとうございました」



私は一礼してその大きなドアを開けた。

おトイレまで大きい。ここにこんな装飾とかいるのかな。


用を済ませて外に出ると、あのヒトはもう居なかった。



「えっと‥こっち!」



まだまじまじと見たことがなかった私は、廊下や窓から見える景色を眺めて歩いた。


廊下の所々に置いてある長椅子は、なんの為なんだろう。

校庭はどこまで広いんだろう。

あの空っぽの花壇には、何の花がいつ咲くんだろう。


行きたい所も、教えて欲しい事もたくさんあった。

帰ったらヒロくんに聞いてみよう。今日から私は、ヒロくんのお家でお世話になるから。それも楽しみだ。



「ふふふ」



ワクワクした気持ちは、笑い声になって溢れた。溢れたけど……



「あれ‥?」



ここは‥どこだろう。