翼に甘くキスをして

こんな怖いヒトに会ったことが無かった私は、かける言葉も見つからず、視線さえどこにやって良いのか分からなかった。

黙り込めば黙り込む程、このヒトの不機嫌オーラは強くなっていく。



「おま‥」

「翼ちゃーんっ」



低い怖い声が何かを言い掛けたのを遮って、遠くから聞こえてきたその声に、私は笑顔になる。



「華さんっ」

「わー会えて良かった」



少し息を切らした華さんは、その綺麗な顔をくしゃって崩して笑った。

それが、不安で曇っていた心を優しく照らす。



「あのね、これ教科書なんだけど」



そう言って渡された可愛い手提げ袋には、たくさんの本が入っていて重たい。



「わ、ありがとうございますっ」

「でもねー、発注ミスで全部は揃ってないんだ。ゴメンね」



申し訳なさそうに眉を下げる華さんに、私は全力で首を振った。



「いえっ、ありがとうございます」

「いーえ。辞書は火野から貰ってるね?」

「はいっ」



習う単語にマーカーが引いてある英和辞典と、細かく自分なりに咀嚼した意味が書いてある国語辞典。ヒロくんが制服と一緒にくれたんだ。



「1時間目なに?」

「え‥と」



そういえば、時間割の紙をもらったけど見てないや。すると--‥



「現国」



低くて怖い、無愛想な声が教えてくれた。



「あ、大地(ダイチ)居たんだ」

「ずっと居た」

「あそ。わー翼ちゃん、いきなりだけど、現国の教科書ないわ」



知り合い‥かな?

そんな私のハテナをよそに、華さんは手提げ袋を覗き込んで確認してる。



「うん、ない。隣だれ? 見せてもらえそうな人?」



その問いに、私は恐々と隣を見上げた。



「あ、大地なの?」

「‥あぁ」

「あ、そか。火野がやったんだね」



華さんはニンマリ笑うと、彼の肩をポンポンと叩いた。



「じゃ、よろしくね、大地っ」



走って小さくなってく華さんを、ヒラヒラ手を振りながら見送った。

残された私とこのヒト。華さんの知り合いなら、怖くはないの‥かな?



「なんだよ」



ジッと見ていたら、チラリともこちらを向かずに話しかけてきたから、ビックリした。



「あ‥えと、華さんのお友達ですか?」



すると彼は、



「幼なじみ」



ボソッと小さく答えてくれた。