なんで?

私はとても、悲しくなった。



「あーわりぃ。そーじゃなくて‥その」



手を繋ぐことは、仲良くなった証だってヒロくんが言ってた。

仲良く‥なりたくないってことなのかな?

そうだったら、悲しいな。



「っあ"ー!! ったく」



頭を職員室の壁にゴンゴン打ち付けてる彼を、見ることが出来なかった。

だって、ちょっとだけ景色が滲んでるんだもん。


『泣かないで』


あの人の低い声が聞こえたような気がした。



「水月」



振り向くと、先生が仁王立ちしていた。お日様の光を後ろから浴びて、なんだかすごく迫力がある。



「そーいうことは、好きな男の子にしかしちゃ駄目だぞぅ」



綺麗な顔がニッと笑うと、私の鼻とくっついてしまいそうなくらい近くにきた。



「そーいうこと? 手を、繋ぐこと?」

「そっ」

「何でですか?」

「馬鹿な男が勘違いするからだよっ」

「勘違い?」



ふぃっと動いた先生の瞳。それをたどると‥



「俺は勘違いしてねえっ!!」



恐い顔に戻っている小金井くんが居た。

それから私たちは、職員室を追い出されるようにして廊下に出る。

てくてくとゆっくり歩いてくれるのは、私が離れて迷子にならないようにかな?



「なぁ‥」

「はい?」



前を歩いている小金井くんは、こちらを向かなかった。



「ああいうことは、大空さんにしかやるなよ?」

「えと‥手を繋ぐことですか?」

「あぁ」

「ヒロくんは勘違いしない?」



そう言った途端くるっと振り返った小金井くん。

その顔が、逆光になってしまってよく見えなかった。



「それが正しいからだ」



“それが正しい”

その意味を、私はよく理解出来なかったし、あまり深く考えようともしなかった。


だってその言葉。

ヒロくんが、よく使っているから。


私のナカでは、それは絶対的な言葉であると同時に、私が信じるべきことなの。

ヒロくんが正しいって言ったら、それは正しいことなの。


ずっとずっと、白い匣の中で生きてきた。

だけど、そんな囚われた籠の鳥を外に出そうとしてくれたのは。

実際に外に出してくれたのは。


紛れもない、ヒロくんだから。


ゆらゆら揺れる鬱金香。

折り紙で器用に折られたチューリップが、笑ってる。