翼に甘くキスをして

「嘘つきなんですか?」



思った通りに聞いてみた。するとこのヒトは、



「うん」



表情のないまま、そう一言だけ声を出した。



「じゃあ、それも嘘なんですか?」

「そう」

「今のは?」

「嘘」

「嘘?」

「うん」

「あ"ーっ!!」



なんだか急に喚きだした小金井くんに、肩がビクッてした。



「ややこしい会話してんじゃねーよ」



うん。私もよくわかんなくなってきたかも。



「帰るぞっ」

「でもえっと‥」



私は、まだ膝の上に寝転がっているこのヒトに目を向ける。



「碧、どけっ」

「んー‥」

「お前も早く2年の教室に帰れよ」



私はまた首を傾げる。



「2年生なんですか?」

「うん」

「それは嘘?」

「うん」

「だぁーっ、ったく!!」

「わっ」



またややこしくなってきた会話に、小金井くんはすくっと立ち上がり、私の腕を引っ張った。

すると、膝の上にあった頭が起き上がって、今度は壁にもたれかかる。


その時--‥



‥ピンポンパンポーン


『1年C組、小金井 大地。及び水月 翼。大至急、職員室まで来るように』


ピンポンパンポーン‥



「うわぁ。今のが校内放送ってやつですか?」

「なに喜んでんだよお前は‥」



校内放送で呼ばれるのがちょっと夢だった私は、顔がニヤケちゃうくらい嬉しかった。



「3時間目、美紅っち自習宣言してっから、この呼び出しは長ぇと思う」

「何が長いの?」

「説教だろ、ふつーに」



お説教? 初体験だ!!
入学1日目。何から何まで初めて尽くし。私、今すごく楽しいです!!

そんな私をよそに、またため息をつく小金井くん。だから‥



「ため息をつくと、幸せが逃げちゃうんですよ?」



そう教えてあげたのに。



「お前の所為だろ」



また大きく息を吐き出された。

でもね、なんだか、小金井くんが恐くなくなってきたような気がするの。



「行くぞー」

「あ、はい」



手をポッケに突っ込んだその背中について行く。

途中で少し振り返った。

すると--‥



「またね、翼ちゃん」



そう言って、緩く手を振っているあのヒトが居たんだ。



「それも嘘‥」

「行くぞっ」



私は、引きずられるように音楽室を後にした。