翼に甘くキスをして

「でも、授業が‥」



とりあえず歩き出したい私は、掴んでいた指を、一本ずつはがしていく。

でも、はがしたそばからまたピッタリとくっついた。



「離してください」

「ヤダ」



どうしたら離してくれるのかと考える。

無理やり振りほどこうかとも思ったけど、初めて会うヒトはよく観察しなさいって、ヒロくんが言ってたし‥



「なんで離してくれないんですか?」



私は、その理由を聞こうと思った。するとこのヒトは、「んー‥」と言ったまま、また黙る。



「あの‥?」



また寝ちゃった? それともまた寝たふりかな?



「‥だってもう、授業始まってるもん」



わ、やっぱり起きてた。



「あ、はい。だから早く戻らないと」

「途中から入っちゃダーメ」

「え‥そうなんですか?」

「うん」



そっか。授業って、途中から参加しちゃいけないんだ。

じゃあ私‥この50分なにしようかな。



「ねぇ」

「は、はい」

「ピアノ‥」

「え?」

「弾ける?」



いつの間にか私の指を触っていたその手。その指は、細くて長くて。くすぐったくて。



「なーに笑ってんの?」



やっぱりどこかユルくて、力の抜けちゃうような声。



「くすぐったいです」



なんだか指だけじゃなくって、んー‥なんだろ? 何かがくすぐったいです。



「んで?」

「へ?」

「弾けんの?」

「おわっ」



急に開いた目。その瞳。



「緑だ‥」



キラキラして、綺麗に透き通ったような緑。葉っぱの色でも、お茶の色でもないその緑は、まるで--‥



「宝石みたい」



するとこのヒトは、ふっと息を短く吹き出して、ゆっくりと起き上がった。



「行こう」



そう言って立ち上がればまたビックリ。私と何センチくらい違うんだろう。もしかして、ヒロくんより大きい?



「どした?」

「おっきなヒトだなぁ‥て思って」

「そ」



その高い身長に、私は肩までも届かないんじゃないかと思った。

その広い背中は、ヒロくんのより大きいんじゃないかと思った。


そして、


絡まった5本の指は、今まで触れたどの指よりも、優しいと、思った。