誰かが叫んだ。先生の影に、ピンクのパンタロンにおしゃれなトレーナを着ている女の子が見えた。

「こら、わたなべ、なにしてる、号令はどうした?」

 僕は慌てて号令をかけ、起立礼をした。でも何やらうれしそうな山田先生は、今日は罰を免除してくれそうだ。

「さ、はいれ、はいれ」

 山田先生が手招きをすると少し恥ずかしそうに、でもその足取りはしっかりと教室の黒板の前に向かった
「広島から来ました。沢井 真夏(まなつ)です。みなさんよろしく」

 先生が促す前に、その子は元気よく挨拶をし、深々とお辞儀をした。広島訛りなのか、関西調の妙なイントネーションが入ってはいたが、そのハキハキとした挨拶の言葉に少し聞き惚れていると、不意に肩越しにつつくやつがいた。後ろの席の和也だ。

「おいっ、わたなべ!めんけ(かわいい)でねぇが!」

「ん、んだな」

「おめ、学級委員長だべ、おいしい役回りこくるぞ」

 和也は相変わらず、そういう余計なことを考えるのが得意であったが、当然自分も同じことを考えていた。そして、先生が「内緒」と言っていた、自分の前の席が空いていた意味がそのとき理解できた。