「わたなべちゃん、今日も遅いじゃないの」

 十七歳年上の先輩弁護士の篠田先生だ。僕が大学を出て、この事務所に入ったときに最初に付いた先生で、弁護士二十人を擁するうちの事務所では、副所長に次ぐナンバースリーの存在となっており、実務上のトップに立つ大先輩だ。

「なに溜息ついて。厄介な裁判でも抱えてんの?」

「いえいえ、そんな事はないですよ。ただ、さっき会った古い友人と、久しぶりに話をしたんで、昔のことを思い出してたんですよ」

「あぁ、そう。わたなべちゃん、田舎、どこだっけ?」

「秋田です。中学からは岡山の倉敷でしたけど」

「そうかぁ、秋田に倉敷かぁ、じゃ、今ご両親は?」

「今は千葉に住んでますね。昔、転勤族だったんですけど、定年のときに千葉に住んでて、そのまま気に入って、マンション買っちゃったんですよ。木更津に」

「あら、そう・・・。さぁて、ま、今日はあまり、遅くならないうちに帰ったら?帰れない日は帰れないんだから。じゃ、お先に」

 そう言い残すと、篠田先生は喫煙スペースを後にした。

 僕は、また東京タワーの方に目をやった。

「沢井真夏覚えてるか?」

と、和也に言われた言葉に触発されたのか、僕はその後も、東京の夜景を見ながら、故郷の秋田や、中学・高校時代を過ごした倉敷での出来事に思いを巡らさずにはいられなかった。