男鹿半島は、長い冬に入り、大晦日を迎えていた。男鹿半島では、大晦日の夜に、全国的にも有名な『なまはげ』が町内の各家庭を練り歩く。

 そうして、親の言う事を聞かない子供や、働かない嫁などを脅かしながら、悪事に訓戒を与え、災禍を祓い、祝福を与えるという行事であったが、僕は、日ごろから、むしろ、母親や子供達より、毎日酒ばかり飲んでいる大人の男たちが叱られるべきなのではないか、と子供心に思っていたものだった。

 だが、そんな事は当の本人たちが扮するなまはげに伝わるはずがなかった。

 その年は、僕の父親が久しぶりになまはげの役をやることになっていて、持ち回りの関係で、隣の吉住町にも顔を出すことになっていた。

 さすがに僕らの年齢にもなると、なまはげには慣れていたので、姿を見ただけで泣くようなことは無くなっていたが、あの真夏はどうなのだろう、そんな興味が僕には沸いてきていた。

 大晦日ということで、いつもよりゆっくりの夕食を取っていると、遠くの方から、地の底から響くような雄叫びが徐々に近づいてくるのが分かった。

「泣ぐ子いねがー、親の言うごどきがね子いねがー、ウォーウォー」

 一番下の弟はまだ幼稚園だ。すぐに涙目になり、母の背中に隠れガタガタ震え出していた。やがて家が不気味な振動を始めた。

 なまはげが玄関の柱を叩き出したのだ。片手で拳を打っているだけのはずだったが、その時、すでに築三十年を超えていた我が家を震えさせるには充分な力だった。母の背に隠れていた弟はもう号泣を始めていた。