「渡辺先生、もうお帰りですか?来週の裁判資料、まだ見てもらえてませんけど・・・」

「あぁ、それなら大丈夫だよ。君が作った資料、いつも完璧だから。僕が作るより、説得力あるもん。それに、今から大事な打ち合わせだからさ」

「もう‥、今日は、どなたと打ち合わせなんですか?」

「いや、その・・・大事なクライアントだよ・・・」

「‥その領収書、私が処理するんですからね。この間も、副所長の決済通すの大変だったんですから‥」

 僕は、僕の秘書になって、もう七年になる彼女、中山悦子に完全に甘えていた。彼女は、弁護士の資格こそ持たないが、とても優秀で、最近の僕の仕事は、彼女無しでは成り立たない程だ。だが、少し世間知らずなところと、口うるさいのが玉にキズだ。

「分かった、分かった。いつも君のおかげだよ。食事したら、すぐに戻るからさ。資料、デスクの上に置いといてよ」

 そう彼女に告げると、足早に事務所を後にした。

 その晩は、久しぶりに小学校時代からの友人、和也に会うことになっていた。和也が秋田の高校を卒業して、東京に出てきてからは、半年に一度くらい会うようなペースでの付き合いが続いている。

 特に何か、大切な話があるわけではない。時々会って、自分達の近況報告と、何度も話した昔話に花を咲かせるだけだ。だが、日頃の仕事、あるいは生活で疲れている僕にとっては、ガス抜きとなる大切な時間だ。

 待ち合わせの場所に指定した、赤坂のビルの最上階にあるバーに着いたときには、既に約束の時間から15分が過ぎていたが、和也はまだ来ていなかった。

 僕は、カウンターに座り、軽めのジントニックを頼み、ラークマイルドに火を付けた。窓越しの、ビルとビルの間に、東京タワーが見える。

 僕の大好きな景色だ。