彩子にはきっと聞くまいと松太郎は思った。しかし、気になることこの上ないのは確かであるがどうしようもない。
 


 
「藤山君、飲んでいるかい」
 

 
「根岸部長」
 


 
部長である根岸は、この部署の中で唯一松太郎がこの社の社長の息子であることを知っている男である。
それを知っているために二人きりで話す時は根岸の姿勢が少しへりくだったものになるのは気のせいではないだろう。
 


 
「すまない、社長のご子息だというのに都合上私が上司だとは」
 


 
根岸は普段の自分の態度を申し訳なく思っているらしい。根岸が松太郎と社長との関係を知っているために、根岸に気を遣わせていることに松太郎は申し訳なく思った。
 


 
「こちらこそ申し訳がないです、たくさん気を遣わせてしまって……。でも部署の中では父のことは別です、私も一社員で根岸部長は私の上司です」
 


 
そんなことは気にせず使って下さい、と松太郎は笑ってみせた。
根岸はまたいくらか笑顔を取り戻し、ありがとうと呟いた。
 

そんな二人の隣りでは彩子が梓にビールを飲まされていた。