コーヒー溺路線

 

何も言ってこないあたり、もう諦めているのだろうと靖彦は思った。
 

何日か前から靖彦は家に帰っていない。ずっと一人暮らしをする奈津のアパートへ転がり込んでいる。
仕事はもちろんそのアパートから行っている、奈津と一緒にだ。
 


 
「靖彦、さん、やっぱり一度戻って彩子さんと話し合うべきなんじゃ」
 

 
「うん、それは解っているつもりだよ。彩子もきっと気が付いているだろうから」
 

 
「それなら尚更です」
 


 
数日間一緒に過ごしていて更にはもちろん体の関係も持ったというのに、奈津からは敬語が抜けない。相変わらず靖彦のことを靖彦、さんと間を空けて呼ぶのもそうだ。
 


 
「奈津、お前は考えなくても良いから」
 

 
「でも……」
 

 
「いいんだ」
 


 
いつものように奈津を抱き締める。彩子とは違う女の感触である。
 

靖彦が奈津の為ならば多少経済面が厳しくとも、結婚式を挙げてやりたいと思うのはどうしてだろうか。
やはり靖彦が奈津に恋をしているからだろうか。
 

本当のところは解らない。
しかしきっとそうなのだろう、と靖彦は思う。