「彩子ちゃん。少し早いけど今日はもう店仕舞いにするよ。送って行くから待っていなさい」
「ごめんなさい。マスター」
「大丈夫だよ」
マスターはカウンターにある洗い終えたコーヒーカップや皿を食器棚へ戻し、それから次々と店内の照明を落としていった。
彩子はただぼんやりとマスターのその動作を見つめていた。
マスターの後に続いて店内から出ると、マスターは店の入り口の鍵をかけてシャッターを下ろした。
コーヒーショップの真裏に車庫がある。そこにはマスターの車が置かれていて、マスターは彩子を店先で待たせてから車庫から車を運転して出た。
彩子は無心で自分の目の前に停車した車を見ていた。運転席に座っているマスターは窓を開け、身を乗り出して彩子に助手席へ乗るように言った。
「彩子ちゃんは今どの辺りに住んでいるんだっけ」
彩子が自分のマンションへの道筋を伝えると、マスターは安全運転でゆっくりと車を走らせ始めた。
彩子はぼんやりと窓の外を見ていた。
彩子がマスターの車に乗るのは初めてである。彩子がストーカーの被害に遭った時にもマスターは彩子の隣りを歩いた。
やはり車内にもコーヒーの匂いが充満している。全てがコーヒーで統一されているマスターの暮らしを思うと、彩子はなんだか穏やかな気持ちになった。

