コーヒー溺路線

 

「和人先輩っ」
 

 
「……俊平か?」
 


 
とめどもなく流れる涙をようやく拭うと、俊平はおもむろに携帯電話を取り出して和人へ電話をかけた。
暫くして和人が静かに出た。
 

和人の声を聞くことで生まれた妙な安堵感に、俊平は再び涙腺が決壊するような感覚に陥った。
俊平は未だ駅の中のトイレの個室でしゃがみ込んだままだ。
 


 
「どうしたんだ」
 

 
「和人先輩っ、どうしよう、どうしようっ、俺っ……」
 

 
「……何をやったんだ、馬鹿」
 


 
大袈裟に溜め息を吐くと和人は携帯電話を持つ手を変えた。
 

和人はちょうど社から帰宅したところだった。和人はアパートの一室で一人暮らしをしている。恋人は、いない。
 

帰宅してから着替えたところ、俊平からの電話で携帯電話が鳴ったのだ。携帯電話を耳に当てたまま、いつから使っているか解らないくたびれたキーケースを持って部屋を出た。
 


 
「それで、今お前はどこにいるんだ」
 

 
「駅の、トイレです」
 

 
「どこの駅だよ。全く」
 


 
再び溜め息を吐くと和人は玄関の鍵を閉めた。キーケースの中の車の鍵を掴むと車を駐車してある車庫へ向かった。
早々と乗り込むとエンジンをかけるとゆっくりと車庫を出た。相当慣れた手付きである。
 


 
「今から行くから、とりあえずはトイレから出て西口で待っていろ」
 

 
「すみません、先輩」
 

 
「いいから。待っていろ」
 


 
俊平の小さく頷く声がすると瞬く間に和人は電話を切り、ハンドルを掴み直した。