コーヒー溺路線

 

コーヒーショップを飛び出した俊平はとにかく走った。
直ぐに息が苦しくなった。全速力だ。こんなに走ったのは高校の体育祭の時以来だろうか。
 

俊平は元々走ることは得意ではないが、嫌いでもないので友人に誘われればクラス対抗のリレーに参加をしていた。
スーツではこんなにも走りにくい。
息がゼイゼイと切れる。
 


 
「うっ」
 


 
ようやく俊平が走るのを止めた時、それは社並びにコーヒーショップの最寄りの駅に到着した時だった。
 

俊平は急に立ち止まると嘔吐を催し、駅のトイレに駆け込んだ。物凄い嘔吐感がある割に胃に吐く程の物は入ってはいない。
 

嘔吐感が和らいできたことに安堵すると、生理的に滲み出た涙がボロボロと感情的な涙となって大粒で零れ落ちた。
 

彩子が俊平の行為を迷惑に思っているということには日に日に気が付いていた。
だけど募りに募り、溢れ出す想いを胸の内に留めることができなくなってゆく。気が付いた時には無意識に眼が血走り、彩子を追い詰めるような結果になった。
 


 
「ううっ、うっ」
 


 
俊平はギリリと奥歯を噛み締める。
初めて涙がこんなにも出た。
涙を止めることがこんなにも難しいということを、俊平は初めて痛感した。
 

見ているだけで良かったのだ。
こんな風に彩子を怖がらせて、更には嫌われてしまうならば、ただ見ているだけで良かった。
内気な者は内気な者で無茶な行動をしなければ、彼女の眼には映らなくとも嫌われはしなかった。
 

後悔してももう手遅れだと、俊平はいつの間にかトイレの個室の中でうずくまっていた。