コーヒー溺路線

 

「彩子さん、帰りましょう」
 


 
定時の六時が過ぎた。いつものように俊平は企画発足部の彩子の元へとやってくる。
 

いつからだろう。
俊平は遂に彩子のことを「富田さん」から「彩子さん」と呼ぶようになっていた。
彩子がそうするように言ったという覚えはない。全く思い込みの激しい男だ。
 

彩子は今日もコーヒーショップへ立ち寄るつもりでいたので、丁重に断った。
 


 
「すみません。今日も行く所があるので」
 


 
部署を出てから彩子は足早に俊平の側を通り過ぎた。俊平はただエレベーターに駆け込むまでの彩子を眺めた。
 

彩子はそのままエレベーターで一階のロビーに行き、急いでコーヒーショップまで歩いた。
俊平の眼が日に日に愛するが故の憎悪に染まるのが彩子にも解る。怖い、恐い。
 


 
「今晩は。マスター」
 

 
「やあ、彩子ちゃん。どうしたんだい。そんなに息を切らせて……」
 

 
「大丈夫、大丈夫です。コーヒーを下さい」
 

 
「まさか追いかけられたのかい」
 


 
眼の色を変えてマスターは身を乗り出した。首を激しく横に振ってそれを否定した彩子に、マスターは酷く安堵してマグカップを取り出しに行った。
 

彩子は息を整えながらそんなマスターを見ていた。
 

そんな時だった。
 


 
「彩子さんっ」