コーヒー溺路線

 

「いやしかし、提携の話がなくならずに済んで良かったな」
 

 
「……」
 


 
松太郎は実家にいた。
勤務の定時を過ぎた頃、父親の秀樹にいつものように内線の電話で呼び出され、指定された場所で秀樹の回した自動車に乗ると実家に到着した。
 


 
「お帰りなさい。松太郎」
 

 
「ただいま。母さん」
 

 
「今日もお疲れ様」
 


 
実家に到着した松太郎を迎えたのは母親の愛里であった。温和で美しい松太郎の自慢の母親である。
 

愛里の背後に小さな女性が立っていた。
 


 
「母さん、そちらの方は」
 

 
「ああ、そうね。松太郎は知らないものね」
 


 
思い出したようにそう言うと愛里は、その小さな女性を自分の隣りに立たせて紹介をした。
 


 
「私の友人のマコちゃんは解るでしょう。そのマコちゃんの娘さんで、マコちゃんが仕事で家を空けている間だけこの家に居候をしているの」
 

 
「ああ、真琴さんの」
 

 
「高野あさひです。よろしくお願いします」
 


 
こちらこそよろしくと松太郎が微笑みかけると、あさひは少しだけ頬を赤らめた。
 

あさひは二十二歳で大学生である。心配性の真琴が無理を承知で愛里に居候させることを頼んだところ、愛里は快く頷いた。
 

あさひが気兼ねなく暮らすことができるなら、部屋だけはある藤山の家に住むことは容易だ。
 


 
「息子の松太郎です。よろしくね」
 


 
あさひは恥ずかしそうに頭を深く下げると奥の部屋へ逃げるように入っていった。
愛里は松太郎に茶を出して二人はリビングで少し談笑した。