コーヒー溺路線

 

最近彩子は俊平の誘いを断り、コーヒーショップに逃げるようにして来るようになった。
そして彩子が意図的に俊平を避けていることは、俊平自身もよく解っている。
 

唯一理解に苦しむことは何の為に誘いを断るかということだ。
それはやはり、新しい恋人ができたのではないのかと俊平は思っている。
 


 
「今晩は。マスター」
 

 
「ああ、今日も仕事お疲れ様」
 

 
「仕事中とここへ来てからの時間が今の私の癒しです。いつものコーヒーお願いします」
 


 
最近は毎日来ているものなあとマスターは苦笑混じりに言う。
彩子も釣られて笑うものの、やはり気分は重いままである。それにはマスターも気が付いていた。
 

マスターはいつものように湯を沸かし始めた。その間に彩子専用のマグカップを取り出す。
彩子は少しだけカウンターに突っ伏して目を閉じる。次第にコーヒーの良い香りが鼻をくすぐる。彩子は徐々に良い気分になっていくのを感じた。
 


 
「彩子ちゃん。寝ているのかい」
 

 
「ううん。目を瞑っているだけ」
 

 
「そうか。まあ、冷めきらないうちに飲むように」
 

 
「ありがとうございます」
 


 
マスターは気持ち良さそうに目を瞑る彩子を見てくすりと笑うと、自分もコーヒーを飲もうと思い、コーヒーカップを取り出した。
 

もちろん彩子のものと色違いのマグカップは棚の奥へ収まっている。