コーヒー溺路線

 

「松太郎、ミカコさんを社の前までお送りしなさい。もう車を回してある」
 

 
「はい」
 


 
秀樹と有木社長はどうやら提携の話を進めるようだ。松太郎は秀樹の言った通りにミカコを連れてエレベーターへ向かう。
 

ミカコは黙って松太郎の後ろへついて歩いていた。ミカコの歩く姿もやはり立派な一人の女性である。美しい。
 


 
「勝手なことをしてすみません」
 

 
「えっ」
 


 
ミカコが謝った。松太郎は驚いて振り向いた。
それから間もなく二人が乗り込んだエレベーターがゆっくりと下降し始める。
 


 
「いや、謝るのは私の方です。提携の方は続行という話までもして頂いて、ありがとうございます」
 

 
「……」
 


 
それからエレベーターが一階のロビーに到着するまでミカコは何も話さなかった。
 


 
「わざわざ送って頂いてありがとうございました。また会う時にはもっと普通にお話ができたらと思います」
 


 
今日会ってから一度も表情を変えなかったミカコが切ない笑顔を見せた。
松太郎の胸は灼けるように痛んだ。
綺麗な女性だ。
 


 
「それでは」
 


 
ミカコは丁寧に頭を下げて車に乗り込んだ。有木株式会社から回した車だろう、運転手が松太郎を見て一礼して車は走り出した。
 

松太郎はその車が見えなくなるまでその姿を見つめて、暫く感傷に浸っていた。間もなく踵を返し、社に戻った。