「ミカコさん。話というのは」
恐る恐る秀樹が切り出した。
松太郎はあまりの緊張で貼り付きそうな程に喉が渇いていた。喉の渇きを癒そうにもなかなか茶に手を出せない。
「婚約を破棄します。それに伴い、提携もなしということまではしません」
その場にいた秀樹と松太郎は絶句した。
有木社長は黙ってはいたが大方の話はミカコ本人から聞いているのであろう、余り動揺の色は見られなかった。
「婚約は破棄するが、提携はするということですか?これまた一体どうして」
秀樹が狼狽を隠せずに聞いた。
いつもの威厳ある社長としての顔はどこへ行ったのだろう。松太郎は妙に冷静にそれを眺めていた。
しかしミカコは毅然たる態度でそういうことですと即答した。
松太郎としてはミカコの考えていることを全く理解ができなかった。
松太郎は確かに昨日彩子という大切な存在があることを告げた。ミカコが情けをかけているだけなのか、前向きに検討をしたのかは判らない。
「松太郎君には他に大切な人がいるのだとミカコが前々から言っていましてね。それならば、自分も心底好きになった相手と結婚をしたいと昨日言い出したのです。気紛れで申し訳がない」
有木社長が穏やかな顔でここへいる理由が松太郎にも解った。ミカコは松太郎が不利にならないように配慮したようである。
ああ、これで早くも彩子を迎えに行くことができる。松太郎は思った。
ミカコには申し訳がないが、松太郎には始めから微塵も結婚をする気はなかったのだ。

