コーヒー溺路線

 

「今晩は、マスター」
 


 
その翌日、彩子はいつものように一人でコーヒーショップを訪れた。
マスターは酷く驚いた顔をしていたので、彩子は首を傾げてマスターを見た。
 


 
「マスター、どうしたんですか?」
 

 
「いや、やあ彩子ちゃん。新しいコーヒーかい?」
 

 
「ううん。今日はコーヒーを飲みに来ただけなの」
 

 
「そう……」
 


 
マスターの沈黙を彩子は不思議に思いながら、出されたコーヒーをゆっくりと啜った。
 

何かを考えていたようなマスターは意を決して彩子を見た。
 


 
「昨日ここへ来たよ。藤山君が」
 

 
「……」
 


 
彩子の肩がぴくりと跳ねた。
それをマスターは見逃さない。
震えそうになる肩を抑えながら彩子はコーヒーを一口口に含んだ。
 


 
「昨日彼が来てね、彩子ちゃんと一緒になれないのだと言っていた」
 


 
彩子は下唇をきゅうと噛んだ。
マグカップをゆっくりと置き、そのまま手はマグカップを握り締めていた。手が震えているのが解る。
 


 
「言って良いのかは解らないが、伝えておくよ。彼は君に近頃良い人が現われたようだと言う。彼はもう知っているらしいけど、本当にそうなのかい?」
 

 
「……。一緒に帰っているのは前の部署の人。最近少し話をするようになったんです」
 

 
「彩子ちゃんはその人を好きになったのかい」
 

 
「……」
 

 
「それは恋人じゃあ、ないんだろう」