コーヒー溺路線

 

「だから、彩子ちゃんが君を連れて来た時は物凄く驚いた。半分は悔しくて半分は嬉しかった、純粋に」
 

 
「やっぱり、マスターは彩子のことを好きなんですか」
 


 
松太郎はこのコーヒーショップへ初めて来た時から気になっていたことをついに聞いた。
 

マスターは一瞬虚を突かれたような顔をしたが、直ぐに意地の悪い笑顔を見せた。
 


 
「最初だけだ。出会った頃から彩子ちゃんの歴代の彼氏の話ばかり聞かされてきたんだ、もう気分は兄貴だ」
 

 
「……」
 

 
「何より驚いたのは、君とはその日に会ったばかりだと言うじゃあないか。彩子ちゃんは一目惚れをしたんだと思う」
 


 
君はイイ男だからなと、マスターはくすりと笑う。
 

彩子が無意識にもここへ松太郎を連れて来たということは、この男が彩子を幸せにする男なのだとマスターは思った。
マスターは嬉しかったのだ。
 

松太郎はマスターに申し訳がないと思った。マスターの今の笑顔を見ると切なくなる。
しかし、彩子は確かに社のロビーで俊平と笑い合っていたのだ。
それを目の当たりにし、松太郎は実は安堵の溜め息を漏らした。自分がいなくても彩子は幸せになることができる。そう思った。
それと同時に劣等感も感じた。それはもう悔しくて仕方がなかったのだ。
 

コーヒーを飲み終わると松太郎は早々とコーヒーショップを出た。
マスターはただ松太郎の姿を見届け、松太郎が空けたコーヒーカップを洗い始めた。