コーヒー溺路線

 

マスターは納得がいかない顔でじっと何かを考えている。
眉間に刻まれている深い皺が松太郎には怖く感じられ、少し怯んだ。
 


 
「そんなはずはない」
 

 
「?」
 


 
マスターからの唐突な言葉に松太郎は首を傾げた。マスターは酷く哀しそうにした。
 


 
「彩子ちゃんは絶対に君を至極愛しているはずなのに」
 


 
今の松太郎にはただの気休めの言葉にしか聞こえない。今まで誰にも吐き出すことのできなかった苛立ちを、抑えるには足りないのだ。
 


 
「どうしてですか。僕と彩子とは長い間一緒にいた訳でもないのに、これ程の短期間でそこまで好きになってもらえるはずがありませんよ」
 


 
松太郎は自身で言いながらも泣きたくなった。これ程の短期間では深い仲にはなれない。それは解ってはいたが、信じたくはなかった。
 

彩子に一目で惚れた自分自身を、そして想い合うことができる運命を否定したくなかった。
 


 
「それにマスター。彼女にはもう恋人がいるんですよ。彼女のことだからマスターには紹介をしているでしょう」
 


 
松太郎がそう言うと、マスターは激しく首を横に振りながら否定した。
 


 
「そんなはずはない。彩子ちゃんは君と来なくなった今でも必ず一人で来るんだよ、君も少しは自惚れるべきだ」
 


 
それからマスターは思い出すように優しく話し始めた。