コーヒー溺路線

 

あともう一時間もすれば午後六時になる。午後六時がこの社の定時だ。
 

勤務中に秀樹から内線を通して松太郎に連絡があったのは、松太郎が彩子を初めて抱いたあの日から既に二週間が経とうとした頃だった。
 


 
「藤山君」
 

 
「……。またですか」
 


 
電話の子機を片手に、部長の根岸が松太郎に目配せをした。前例があったことを思い出した松太郎は浅く溜め息を吐くと、受話器に耳をあてた。
 


 
「お電話を代わりました。藤山です」
 

 
「松太郎」
 


 
全くこれ程人を馬鹿にしたような話し方があるものかと松太郎は思う。我が父親ながらに腹が立つ。
案の定、相手は秀樹である。
 


 
「どうしましたか、今日はまだ見合いの日ではないでしょう」
 

 
「ああ、そうだな。面白い話を聞いてお前に確認を取ろうと思ったのだ」
 

 
「勤務中です。手短にお願いします」
 


 
こうして松太郎はいつも秀樹の気紛れに振り回されてきたのだった。
 


 
「富田彩子という娘。最近新しい恋人ができたらしいじゃあないか。なあ松太郎」
 


 
それは見合いをすると聞かされた時以上の衝撃だった。嘲笑うように秀樹は続ける。
 


 
「お前が縁を絶った直後から、男が富田彩子を自宅のマンションまで送っていっているらしいぞ。それも毎日だ」
 


 
気が付いた時には手から滑り落とすように子機を置いていた。振り向けばそこには彩子本人がいる。
 

この胸を掻くような痛みをどうすれば良いだろう。