目の前の彼は、いつのまにか、まるで握手を求めるように右手を前にと出している。

男が振り向くと壁にはナイフが突き刺さっていた。

壁は土壁ではあるが、いくらコンクリートより柔らかいといっても投擲で突き刺すのは至難の業だ。

素人が投げて突き刺さる事など百に一つもない。

ここに至って、男はやっと自らの過ちに気づいた。

「武器を持つと言うことは、それに対する行動も享受すると言うことだ。その覚悟があるのなら掛かってくるといい」

男は警戒しながらナイフを直すと他の二人に声を掛ける。

「帰るぞ!」

「でも兄貴!」

一番若い男が兄貴と呼ばれた男に苦言を呈するが、それを睨みつけると彼は踵を返した。



程なくして全ての男達が路地裏から姿を消す。

それを見届けてから、青年は初めて少女に視線を移した。

青年と同じ綺麗な金髪の少女は、裏路地には凡そ似つかわしくない白のワンピースを着て佇んでいる。

「表通りを歩いた方がいいな」

それだけ言って青年は、少女の脇を通り過ぎた。

懇願するような目が少女から向けられているが、青年は意に介さない。

「まっ、待って下さい! お願いがあるんです」

悲壮感の漂う声。職業柄、彼はたまにこういう声を聞く。

「悪いが今休暇中なんだ。他を当たってくれないか?」

振り返らずに答える。だが、少女は諦める事なく懇願した。

「父を……。父を助けて下さい」

「警察は?」

「動いてくれません。……誰も助けてくれない」

確かにこの国の警察組織は、腐敗しきっている。発展途上の国では良くあることだ。