1985年、僕は総理と呼ばれていた。

 「お客さん?、具合でも悪いのですか?」

 

 雄二の肩をポンポンと叩きながら、店員が声をかけてきた。
 

 我に返った雄二は慌てて立ち上がった。



 「いえ、すみません、クーラーの冷気で急に冷えたもので。もう大丈夫ですから」
 雄二はそう言いながら、店員にさりげなく探りを入れてみることにした。

 「あっ、申し訳ないんですが、カレンダー見せてもらえますかね」

 店員は、どうぞどうぞと言いながら雄二をレジへと案内し、レジの横から小さいスタンドタイプのカレンダーを取り出してきた。



 雄二がとぼけた声で「え~っと、今日は何日でしたっけ?」と聞くと、店員は「8月の~11日ですね」と数字を指でさした。
 

 カレンダーの上部には猫の写真があり、その下には1985年(昭和60年)と印刷されていた。



 雄二は上ずった声を振り絞りながらも、努めて冷静な口調で「今年は阪神がこのまま行くんじゃないでしょうかねぇ」と言った。


 野球観戦好きの雄二が「1985年」で真っ先に浮かんだ出来事を店員に向けてみた。



 店員は暇を持て余しているのか、「バースが良いんですよね~」と話に乗ってきた。しかし雄二はここで長々と話す気は無かったので、適当に切り上げて店を出た。



 数十メートル先に新宿中央公園の一角が見えた。雄二は放心状態で歩き出した。