1985年、僕は総理と呼ばれていた。


 
 「もうじき駅に着くぞ」山口が口を開いた。

 「ああ、すまん」と言いながら小池は顔を上げた。


 「本当にあの二人は仲が良かったよな。俺はうらやましかったよ。絵里ちゃん美人だしさ。なんであの二人が結ばれたんだって、呑むと必ず俺たちあいつに絡んでいたよな」

 山口は小池の気持ちを察し、あえて昔の話を持ち出した。小池は黙っていた。




 「さあ、着いたぞ」山口は徐行しながら停車出来るスペースを探した。


 小池は一点を見つめながらボソリと呟いた。

 「俺もあいつらの結婚式の席で絵里ちゃんに聞いたんだ。あの男のどこが良かったんだ? って。そしたら彼女、笑いながらこう言ったよ」



 「良かったところねぇ……、しいていうなら、名前……かな」とね。


 「名前?」
 山口は思わず大きな声を出した。




 「ああ。俺もそう言ったよ」と小池は小さく笑って続けた。
 

 そしたらさ、彼女、雄二の真面目くさった口調を真似して「苗字は総理大臣と同じ字です。下の字は、雄雌の雄と、漢数字の2」ってさ。


 「総理大臣と同じ、か。中曽根さんね。そういや、あいつ、総理って呼ばれていたんだってな?」
 「ああ」と小池は頷き、「大学に入るころには誰も呼ばなくなったけどね、それでもあいつ、自己紹介の時は必ずそうやって説明していたよ」