1985年、僕は総理と呼ばれていた。

 雄二は夜空を見上げた。


 鼻で息を大きく吸い、大きくはいた。


 「これでいいんだ、17歳の絵里を巻き込むわけにはいかない。俺はもう、2010年には戻れないんだ。ここでは生きていけないんだ」


 雄二は、資材置き場のその一角から少し離れてみた。すると、見覚えのあるタバコ屋があった。ちょうどそれまでは死角になっていて気がつかなかったのだ。


 昔、飲み屋にタバコは置いてなかったから、ここに買いに来てたよな。


 資材置き場までもどると、隣に立つ、レンガ色の雑居ビルを見上げた。

 雄二の中である一つの考えがわき上がった。


 あの時、俺が警察官に起こされて向かったのは、十二社通りだったわけだ。つまり、この資材置き場は……、俺たちが呑んでいた居酒屋の入っていたビル? いやまだ、建設前の段階だな。
 現代とはだいぶ周辺の様相が変わっていて、すぐには気がつかなかったのだが、そうやって改めて周囲を見渡すと、見覚えのある街並みだった。



 鼓動が速くなるのがわかった。


 そして同時に、居酒屋を出て非常階段を下りていた時のことを思い出した。

 「あの時の記憶は、たしかに今でも断片的だ、でも、もしかしたら……」



 雄二はレンガ色の雑居ビルの非常階段を、ゆっくりと昇っていった。3階部分で雄二は手すりから下を見た。あそこで俺は倒れていたのか。


 雄二は階段に腰を下ろし、長い間そのままでいた。胸の中に洪水のように去来する考えをまとめていたのだった。


 「まさかとは思うが、俺は手すりから落ちた時にタイムスリップをしたのか?……ということは、今ここで同じ場所に飛び込んだら元の世界に戻れるのか?」


 雄二は大きく首を左右に振ると「いや戻れなかったらどうなる、俺は死ぬな」
 そこまで言うと、雄二はクククと薄ら笑いをした。


 【おい、雄二! 死ぬ気でいるんならそれくらいやっちゃったらどうだ?】


 雄二は心の中で自問した。足がガタガタ震えた。