1985年、僕は総理と呼ばれていた。

 雄二は絵里の全身を数秒間凝視した。想像していたよりかなり小さい印象を持った。今より一周り、いや二周りくらいキュッとしまっているかのような印象だった。

 雄二は先日、絵里に見せられた写真をしっかりと覚えている。その写真に写っていた二人の女の子と絵里は今一緒にいて、ここまで聞こえるほどの声で談笑している。


 ファッションや化粧は奇抜だが、見慣れた表情、懐かしい笑顔がそこにあった。安堵で涙がこみ上げ、雄二は震えた。できることなら今すぐにでも駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られたが、気づかれないように絵里を見て、話しかけるタイミングを計った。

 絵里の隣にいたポニーテールの女の子が、鞄からカメラを取り出し、近くの女性に写真を撮ってもらうようにお願いをしている。

 ポニーテールの女の子は「友子」という。絵里とはライブで知り合った友達で、お互いが結婚をしてからもずっと付き合いがあり、絵里の唯一の友達といってよかった。もちろん雄二も良く知った仲だった。友子は二人の結婚式にも来てくれたし、2年前に買った新居の一番最初のお客さんでもあった。


 絵里の周りには絶えず人がいたために、声をかけるタイミングを完全に逸脱してしまった。さらに会場前には人が増え続けていった。


 「そろそろ開場の時間になります」ハンドスピーカーでスタッフが叫んだ。

 外にいる人たちはチケットを手に持ってその時間を待っていた。

 まずい、入場時間が迫ってきた。入場されてしまったら、もう会えるかわからない、終演後を待つか? いや一人になる可能性は低いし、絵里を見つけられる保障など無い。

 雄二は焦ってきた。

 絵里もチケットをじかに手に持ち、スタッフの方へと視線を向けていた。すっかり入場待ちの体勢になっていた。


 覚悟を決めた雄二は、ついに絵里の前まで歩いていった。