1985年、僕は総理と呼ばれていた。

 両手の中で、硬貨を調べた結果、100円硬貨1枚と、5円硬貨2枚と、1円硬貨4枚しかこの時代で使えるものは無かった。


 「駄目だ!! こんなんじゃ話にならねえ!! 実家に行くどころか電話も出来ないだろ!」雄二は押し殺した声で言いながら膝を何回か叩いた。




 公園内の公衆トイレに入り、雄二は水で顔を洗ったあと、水を出しっぱなしにしたまま、後頭部をあてた。雄二はしばらくそのままでいた。




 おととい小池から連絡があり、昨日の夜6時くらいから呑み始めた。つまり、俺はほんの数時間前まで小池たちと酒を呑んでいたはずだ。しかし、数時間どころか25年の時間旅行をしてしまった。



 数日早いけど、と絵里の誕生日を祝おうとしたのは3日前の日曜日だ。あの時は帰宅時間が遅くなって、結局は深夜に二人でケーキを食べた。野暮用で時間がそがれたことに腹を立てたことをしっかり覚えている。


 その日、帰宅すると絵里は1枚の写真を見せてくれた。ライブ会場前での記念写真だった。写真の片隅には「1985 8 11」という数字が並んでいた。

 25年前の誕生日に撮った写真を見ながら俺たちはひとしきり昔話に華が咲いた。そう、絵里の誕生日は8月11日。つまり今日なのだ。さっきのコンビニの店員にも確かめたから間違いなかった。




 「絵里に会いたい!!」


 

 トイレの中で雄二は叫んだ。そしてゆっくりと頭を上げた。



 ジャージャーと激しい水の音が響いた。雄二は水道の蛇口を閉めた。






 「そうか・・・、今日は8月11日だ・・・。夜になると新宿厚生年金会館前に絵里がやってくる……」
 







 「今、俺が助けを求められるのは絵里しかいない」






 雄二は公衆トイレからゆっくりと出た。見上げると空が白々としてきた。鳩の鳴き声がする。夜明けがやってきた。