龍輝君と話せないまま、夏休みに突入していた。
話せない、というか私が龍輝君からのメッセージを既読スルーしてしまっている。
龍輝君からは何度も『話がしたい』『誤解している』とメッセージが入っていた。
ちゃんと話をした方がいいってことはわかっている。
でも、話をしたくなかった。
龍輝君に会いたくなかった。
会うのが怖かった。
明日は楽しみにしていた夏祭りなのに……。

ソファーに座ってテレビを見ながらため息をつくと、頬に冷たい物が押し当てられた。

「うひゃぁ!」

飛び跳ねるようにして振り返ると、お兄ちゃんがアイスを私に差し出していた。
びっくりした……、アイスを頬に当てられたのか。

「どうした、元気ないな。彼氏と喧嘩でもしたのか?」

お兄ちゃんが隣に座る。
鋭いなと思いながらアイスの袋を開けてかじりつく。

「別に……」
「彼氏、春岡ってやつだよな。何があったんだよ」
「お兄ちゃんには関係ない」
「ある! ここ一週間、そう暗い顔をされるとこっちも空気が悪いわ。喧嘩したなら早く仲直りしろよ」

そう言われると、何も言い返せない。

「それとも別れるのか? あの貴島ってやつよりまともそうだったけど、お前に交際はまだ早かったか」

どこか嬉しそうに笑われる。
ムッとして言い返した。

「別に早くありません! というか、貴島君より龍輝君の方がまともそうってどういう意味よ」
「そのまんまの意味。春岡の方が心からお前を好きって感じがしたんだよ」
「え……?」

お兄ちゃんの言葉に首を傾げる。
どういうこと?

「貴島ってやつは、お前を好きなんだろうけど心の奥底では他になにかあるような感じがした」

お兄ちゃんに感心してしまう。
本当にこの人は鋭い人間だ。昔からそういう所がある。人を見る目があると言うか、第六感が強いというか……。
医者よりも心理学とか他の職業とかの方が合っているんじゃないかと思うことがある。
でも、確かにそうなんだよね。
お兄ちゃんの言う通り、貴島君は私を好きだけど、その根底には龍輝君に負けたくないという心理があるような気がしていた。

「だから、お前が春岡と付き合いだしたときはホッとしたんだけどな」
「お兄ちゃん……」
「喧嘩したなら、早く仲直りした方がいいと思うぞ」

ポンッと肩を軽く叩かれる。

「龍輝君、私を好きそうな感じがしたの?」
「そんなの、お前が一番分かっているだろう?」
「……わかんないよ」

俯くと、お兄ちゃんは頭を撫でた。

「倦怠期か? 相手の気持ちに不安になるときはあるよな。そういう時はたいていコミュニケーション不足だったりするんだけど……」
「それはあるかも」

確かに龍輝君とちゃんと話せていない、話すのを避けていたことから起こしてしまったことだ。

「全部、気持ちをぶちまけてもいいと思うぞ」
「そんなことして、嫌われたくないもん」
「春岡はそんなやつか?」

そう問われて言葉に詰まる。
龍輝君はどうだろう……。

「それでお前を受け止められずに嫌うような奴は、ろくな奴じゃない。器が小さい奴と居ても、苦労するだけだ。お前から振ってやれ」

バッサリと言い切られてしまい、あっけに取られる。

「そんな簡単なことじゃぁ……」
「簡単だよ。ちゃんと話をして、気持ちを伝えるだけだ。逃げるな、難しく考えるな」

そう言い残して、お兄ちゃんは部屋に戻っていった。
難しく考えるようなことではない……。
確かにそうかもしれない。
少しだけ、気持ちが軽くなった気がした。

夕食後、お風呂上りに部屋へ戻ると、龍輝君から着信とメッセージが来ていた。
着信の後、メッセージを送ってきた様子だった。
そこには――――。

『明日、夏祭りに行かないか? 六時に神社の境内で待っている』

夏祭りのお誘い……。
私はチラッと壁を見る。
そこには夏休み前に買った浴衣がかけられていた。
淡い水色の朝顔柄で、とても綺麗で一目で気に入っていた。
一人で着れるようにお母さんに何度も着付けも教わって、準備万端だった。
明日を逃したら、もうちゃんと話す機会を失うかもしれない。
それは感じていた。
暗いから顔が見えにくくてちょうど良いかもしれないね……。

私は『わかった』と久しぶりに返事を返した。